貝が喋る

あぶくのような言葉たち

外出禁止おじさん

最近、気が向いたらふらっと散歩することにしてるんですよ。

 

ずっと家にいると、やっぱり多少息が詰まったりもしますし、気分転換にもなるので。

近頃少しずつ、あったかくなってきましたしね。

 

今日も僕は、近所をふらふらと当てもなく歩いていました。

通りは閑散としてるかと思いきや、意外と往来があるんですね。

 

犬の散歩をしている奥さん、はしゃぐ子供たち、のんびりとベンチに座っているおじいさん、などなど。

 

心休まる、穏やかな午後です。

軽く鼻歌など口ずさみながら、そんな景色を眺めていました。

 

と。

気づくと、足元に一匹の可愛いわんちゃんが。

 

おそらく、犬種はパピヨンですね。

真っ白な毛並みに、つぶらな瞳。

尻尾を盛んに振りながら、僕のことを見上げています。

 

かわいい。

 

しゃがんでそっと手を出すと

ちょん、ちょんと、鼻先で軽く挨拶してくれました。

 

これはもう、お友達ですよ。

人懐こいのか、全然警戒されてません。あごの下をなでると、嬉しそうに喉をならします。

 

と、そこで、異変に気付きます。

 

わんちゃん、首輪はついてるんですよ。

可愛らしい、花柄の首輪。よく似合ってるんですが。

 

リードがついていないんです。

 

まれに、リードをつけずに散歩される方もいるので、じゃれあってるうちに飼い主さんが来るかなと思ったのですが…

そんな気配はありません。あたりを見回しても、この子を追いかけてる風の方はみあたらないし…

 

もしかして、君、迷い犬?

 

抱き上げて、迷子か?と尋ねてみましたが、返事が来るわけもありません。

つぶらな瞳で、じっとこっちを見つめてきます。

 

…どうしよう、このこ。

車にひかれたら、危ないしなぁ…

 

幸い、時間は腐るほどある僕。

せっかくお友達になったことだし、飼い主さんを探してみることにしました。

 

そう。

これは僕と、豆ポチちゃん(暫定)が飼い主さんと再会するまでの、ワクワクドキドキの物語です。

 

ーーー

 

さて。

探すと決めたはいいけれど、いったいどうやって探しましょう。

 

近くに交番でもあればいいんですが、家から最寄りの交番って、結構歩かなきゃいけないんですよ。

豆ポチちゃん、足もそんなに汚れてなかったし、多分おうちはすぐ近く

 

おそらく飼い主さんも、近くを探していることでしょうし…

とりあえずまずは、この周辺を当たってみよう。

 

というわけで、手あたり次第、聞き込みをしてみることにしました。

 

最初のターゲットは、たまたまそばにいたおじさん。

早速、聞き込み開始です。

 

「あの、すみません…」

 

「我ゴリャアァ‼」

 

うわ!びっくりした。

僕の手の中で、豆ポチちゃんがビクッと体を震わせました。

 

「外出禁止言われとるじゃろうがぼけぇ!

何をほっつきあるっとんねんワレァ!!」

 

いや。

お前が帰れよ。

 

「あの、このワンちゃん…」

 

「聞こえんかったんかコルァ‼

はよ家に帰らんかいタコ介!」

 

タコに失礼でしょ、その言い方は!

 

もう、話になんないですね。

できるだけしおらしく、心の中で舌を出しながら、そそくさとその場を後にしました。

 

…全く、一発目からどえらいの引いたな。

こっちの話なんてちっとも聞きやしない。

あの、外出禁止おじさんめ…

 

気を取り直して。

周りを見てみると、ちらほらと犬の散歩をしてる人たちが見受けられます。

 

犬を飼っていると、犬を飼っている家同士で

「ワンコミュニティ」とでもいうべき広がりが自然と生まれるもの。

 

ここはひとつ、ターゲットを散歩ぴーぽーに絞っていくことにしましょう。

 

~~~

 

「知らないねぇ」

 

見たことある気がするけど、ちょっと…」

 

「ごめんなさいね、力になれなくて」

 

~~~

 

…ふぅ。

思いのほか、難航です。

 

僕の腕に抱かれた豆ポチちゃんも、心なしか疲れてる様子。

自販機で水を買って、キャップに次いで口元に近づけると、嬉しそうにぴちゃぴちゃと飲み干しました。

 

と、前から男の子と、お父さんと思しき男性が歩いてきました。

連れているのは、茶色の柴犬。楽しそうに男の子とじゃれあっています。

 

「あの、すみません」

 

「はい」

 

男性から、朗らかな返事が返ってきました。

よかった、いい人そうだ。

 

「このワンちゃん、見かけたこととかありません?」

 

「この子ですか」

 

「はい、迷い犬みたいなんですけど…」

 

「…すみません、ちょっとわかんないです」

 

男性は、本当に申し訳なさそうに、頭を下げてくれました。

 

「家内ならもしかすると、何か知っているかもしれませんが…」

 

「あ、ちゃぴ!」

 

突然、男の子が豆ポチちゃんを指さして叫びました。

 

タツキ、この子見たことあるのか?」

 

「うん、ちゃぴだよ!

おばちゃんとこのちゃぴ!」

 

君、天才か?

 

「偉いぞタツキ!

おばちゃんの名前、わかるか?」

 

「わかんない‼」

 

ぉおい。

 

ずっこけるお父さん。

少年はちゃぴとは仲良しらしく、しきりに頭をなでています。

 

「…すみません、お力になれなくて…」

 

全然そんなことない。

今日、初めて得られた進展です。

 

「そんなそんな!

ありがとうございます‼」

 

改めて、少年にもお礼を。

 

タツキ君、ありがとね」

 

「うん!

ばいばいちゃぴ!」

 

僕はもう一度お礼を言って、『おばちゃん』を探しに向かいました。

 

~~~

 

『おばちゃん』というヒントを得たおかげで、聞き込みの精度を上げることができます。

ちゃぴだけではわからなかった人も、飼い主さんの特徴を聞けば何かわかるかも…

 

と、その時。

 

「お前、まだいたんかコルぁ‼」

 

突然、覚えのある怒鳴り声。

振り返ると、あぁ、なんということでしょう。

 

外出禁止おじさんです。

 

「さっさと帰らんかタコ三郎‼

何出歩っとんじゃいなアホがぁ‼」

 

あぁ、ハズレモンスターにエンカウントした…

てか本当、マジで、お前が帰れよ。

 

「すみません、すぐ帰ります」

 

「何回言っても出歩きおって

全く、何なんじゃお前らは‼」

 

…ん?

 

「あの、すみません」

 

「何じゃ」

 

「今

『おまえら』って言いました」

 

「おう、言ったわ。

それがなんや」

 

「僕以外にも、

何回も注意された方が?」

 

「おぉ、ちょうどさっきそこで、松本のばぁさんに会ったんや。

年寄りはあぶないけぇ、はよ帰れ言うとんのに」

 

「!!

あの、松本さんって、犬飼ってたりしません⁈」

 

「おー、どうやったかの。

確かかっとった気がするが…」

 

「本当ですか!!

さっきって言いましたよね?さっき、どこで会いました⁈」

 

「丁度すぐそこや。

あの、たばこやの自販機の…」

 

「ありがとうございますっ‼‼」

 

外出禁止おじさん、ナイス!!

 

ちゃぴを抱えて、夢中でタバコ屋のほうへと駆け出しました。

 

~~~

 

「すみません‼」

 

「まぁ、ちゃぴ‼」

 

ビンゴ!!

 

「やっぱり、奥さんのわんちゃんですか⁈」

 

「そうそう、いなくなって心配してたの!

あぁ、ちゃぴ、よかったぁ!」

 

松本さんに抱かれると、ちゃぴはすっかり落ち着きました。

やっぱり、彼女の腕の中が一番みたい。

 

「あなたが見つけてくれたの?

ありがとうねぇ」

 

「いえいえ、そんな。

色々あって、楽しかったです」

 

こうして、僕とちゃぴとのちょっとした冒険は、幕を閉じました。

 

 

一時はどうなることかと思いましたが、無事飼い主さんが見つかってよかったですね。

『外出禁止おじさん』、めちゃくちゃいい仕事してくれたし。

好感度で言ったら、もう若干+ですよ。

 

近所だし、またふとした機会に会えるといいな。

あ、ちゃぴにですよ、ちゃぴ。

 

ではまた次回!

 

 

※この物語はフィクションです