貝が喋る

あぶくのような言葉たち

満員電車

空気が一気に、気怠く蒸れる。

人の群れが空間を圧迫して、余白を消す。誰もが自分の領域を意地汚く主張して、それを広げようと手を伸ばす。僕は慌てて本を取り出し、中に逃げ込もうとする。活字と想像力で扉を閉めて、息を潜めて隠れている。けれど伸ばされた手は構うことなく壁を破って、部屋の中をまさぐってくる。ざらりとした感触が、肩を掠める。

僕は慌ててイヤホンを取り出し、音楽をかける。破れた壁を塗装して、さらに強固に固めて閉じる。外はいつの間にかたくさんの手で溢れていて、それらは餌に群がる蜘蛛のように、蠢き続ける。僕はただその部屋の隅で、手がそこを去るのを待っている。

大きな揺れと共に、壁に穴が開く。開いた穴から一本の手が、触手のように伸びてくる。手は指をわらわらと動かしながら、空間を貪り、犯し続ける。指の一つが眼前を掠め、僕は息を呑む。手は無造作に動いていたが、やがて大きく指を広げて、僕に襲いかかってくる。

 

ガタン。

 

電車が停止し、扉が開いた。

 

人が次々に吐き出され、失われた余白が戻る。手は僕の鼻先で動きを止めて、そのまま外へと戻っていく。壊れた壁が修復されて、世界が静寂を取り戻す。

 

僕はほっと息をついて、閉じていた本をゆっくり開く。