夢
みなさんは、怖いものってありますか?
蛇が怖い、幽霊が怖い、まんじゅうが怖い。
人によって、色々な答えがあるでしょう。怖いものなんてない、という方もおられるかもしれません。
かくいう僕は、「眠れない夜」が怖いです。
布団の中で、眠れないながらに目を閉じていると
考えなくていいこととか、漠然としたもやもや、混沌とした黒いイメージなどが徒党を組んで襲ってくる。
今日一日の自分の失言を思い出して、悶々としたりもしてしまう。
生活リズムも乱れるし、お肌もあれる。いいことないですね。
ですが最近、ちょっとした発見があったんです。
眠れない夜の、あのもどかしい時間帯。
ぐちゃぐちゃと込み入った頭の中に、様々なイメージたちがぽつぽつと、泡沫のように浮かんできます。
どうせ眠れないのなら、と、僕はあるときそのイメージを、頭の中で追いかけてみることにしました。
しかし、これがなかなかに難しい。
僕は自然に湧き出す映像を追っていたのに、その思考に引っ張られて、イメージに輪郭ができてしまう。
みなさんは、シャボン玉で遊んだことはありますか?
ふわふわと漂うシャボン玉。追いかけて、手で包み込もうとしてみると、たちまちぱっと割れてしまう。
あれとよく似ていますね。
捕まえた、と思った瞬間逃がしてしまう。
追いかけることはできるけれど、決して届かない。
そんなことをしているうちに、いつの間にか僕は、眠っていました。
そして僕は、夢を見ました。
夢の中で僕は、一人の女の子と話していました。
その女の子は僕が、小学生のころ幼いながらに、不器用に好きだったあの子でした。
そう、いわゆる、初恋の相手。
夢の中で僕と彼女は、とても温かく、和やかに談笑していました。
あの時僕が感じていた、ささやかでかつダイナミックな、喜びに満ちていて、それでいて悲しい心の震え。
そういうものを遠くから、大切なアルバムをめくるように、思い出すことができました。
目が覚めた時、しばらく呆然と、夢のことを考えていました。
彼女との会話の内容や、そのシチュエーションを細かく思い出そうとしても、どうしても思い出せません。シャボン玉のように、掬おうとした水のように、するりとそこをすり抜けていきます。
けれど、おそらく、それでいいのです。
僕達は、人間です。
生きている生身の人間である以上、見たくないものもあれば、心にしまっておきたいものもあります。
夢のままで、手つかずで保存しておきたい思い出もあります。
僕は、夢の中で、彼女と逢うことができました。
何を話したかは覚えていないけれど、そこにあった初めての甘さや初々しさ、みずみずしい感情のかけらを、思い出すことができました。
それで十分だなって、思えました。
夜は、人間が弱くなる時間だと思います。
眠れない夜を過ごしていても、僕の頭は頑張って、昼間散らかった思考の残骸や、目を背けていた暗い気持ちを、整理しようとしてくれているのでしょう。
そうして残った僕の心の、その引き出しの奥の部分に
あんな素敵な思い出が眠っていたなら、悪くはないなと思えました。
眠れない夜を少しだけ、許してもいいかなと思えました。
初恋のあの子に、感謝ですね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今これを読んでいるあなたが、今夜いい夢を見られますように。